キャンベラ
シドニーで失敗しないための生活術
シドニーで生活するために役立つ情報を提供します♪
シドニーにTravel & Travel(トラベル・アンド・トラベル)、略してトラトラという日本人向けのエージェントがあります。
今日はそこで申し込んだ49ばりツアー(欲張りツアー)で友達とオーストラリアの首都であるキャンベラへ行ってきました。この49ばりツアー、その名の通り、49ドル(約4,900円)のツアーなのです。
みんなからよく「キャンベラは何もないよ。首都だけど」と聞きます。だけど、シドニーから車で約3時間30分の距離、そして49ドルで行けるので、記念に行くことにしました。
キャンベラが首都になった理由はこんな感じです。 ↓
----------------------------------------------------------
オーストラリア学校にて・・・
シドニー君とメルボルン君の2人は学校の成績も良くて、家もお金持ちで、どちらも学級委員長になるにふさわしい生徒です。そして2人とも学級委員長になりたいために学級委員長を決める選挙に立候補しました。
2人は他の生徒の前で激論を繰り広げ、日に日に仲が悪くなっています。一旦はメルボルン君の有利に見えた討論ですが、投票の結果は全く同じ。
それを見た先生が「この2人のうち、どちらかを学級委員長にしても、しこりが残る。それじゃ、特徴はないけど、誰からも嫌われていないキャンベラ君にしよう」
こんな感じでキャンベラ君が学級院長になりました。
ただ、キャンベラ君、今のままでは能力不足のため学級院長が務められません。
そこで先生がキャンベラ君を学級委員長にすべく、勉強や生徒のまとめ方の方法を教えたのです。
こうしてキャンベラ君は立派な学級委員長になりました。
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きっと理解してもらえたはずです。首都を決めるにあたり、シドニーとメルボルンのお互いが譲らなかったので、一旦はメルボルンに決まりかけた首都も「このままではシドニーが黙っていないから、こうなったらシドニーとメルボルンの間にあるキャンベラを首都にしよう」
こんな感じでキャンベラが首都になりました。
なので、この時点ではキャンベラは何もありません。世界に都市計画を募集し、アメリカの建築家ウォルター・バリーグリフィンが選ばれました。
その設計に基づき何もなかったキャンベラが生まれ変わったのです。ただ、首都と言っても基本的には政府関係のものが大半を占めており、シドニーやメルボルンに比べたら、町の規模は非常に小さく、住んでもあまり楽しめそうにはありません。
もし日本でも東京と大阪の首都争いが起こったら、どこに首都がなるかを考えました。
その答えは、ズバリ!名古屋でしょう!
だって、東京と大阪の間ですもの。
大阪が首都になりたい気持ちをもっと出して、東京と争ってくれたら、僕の故郷である名古屋が首都になるに違いありません。
前置きが非常に長くなりましたが、キャンベラへ出発です。
朝、仕事に行く日よりも早く起き、集合場所のシティにあるRydges Hotel(リッジス・ホテル)へ。
日本人だけのツアーだと思っていましたら、中国人、韓国人など、日本人以外の人もたくさんいました。
途中、マクドナルドでの休憩を挟んで、12時ごろにNational Museum of Australia(国立博物館)へ到着しました。
ジェットコースターのようなオブジェがシンボルのようです。

National Museum of Australia(国立博物館)のシンボル
ここで昼食をとりました。自分で作ったサンドウィッチ。職場でも、首都のキャンベラに来てまでも、この愛情たっぷりのサンドウィッチです。
2番目の観光場所はCanberra National Capital Exhibition(キャンベラ首都展示館)です。
その近くにはキャンベラの町を設計したアメリカの建築家ウォルター・バリーグリフィンの名前をとったバリーグリフィン湖があり、Captain Cook Memorial Water Jet(キャプテン・クック・メモリアル・ウォーター・ジェット)という名の噴水があります。147mの高さまで噴き上がります。

Captain Cook Memorial Water Jet(キャプテン・クック・メモリアル・ウォーター・ジェット)
その近くに小さな公園があり、集合時間まで子供のころを思い出しながら、友達と遊んでいました。

バネでビョンビョンする遊具。
これは盛り上がりました。両サイドに座り、子供では不可能なほど、思いっきり、ビョンビョンするのです。なぜかキャンベラに来て、子供向けの遊具で楽しんだ僕らでした。
体力を消耗した後は、車窓から各国の大使館を見学。この一角はセキュリティが厳しいので、バスから降りたら大変なことになるそうです。
次は、今回の旅行のメインでもあるParliament House(国会議事堂)です。

Parliament House(国会議事堂)
日本の国会議事堂と雰囲気がかなり違いますよね。中に入ると大理石が至るところに使用されているのがわかります。

大理石の柱や階段
オーストラリアの国会は二院制で、上院と下院からなっていまして、部屋の中の色も異なります。下院は緑、上院はピンクです。
下院です。下院の色はこのような緑色になっています。

下院
上院もこのようなワインレッド色になっています。

上院
屋上に上ると景色がとってもきれいです。

Parliament House(国会議事堂)の屋上
最後に立ち寄ったところはAustralian War Memorial(オーストラリア戦争記念館)です。
ここはオーストラリアが今までに経験した戦争に関する資料や展示品が多くあります。もちろん日本人にも大いに関係がありますので、勉強になります。

Australian War Memorial(オーストラリア戦争記念館)
キャンベラからシティに戻り、自宅近くのAshfield(アッシュフィールド)駅に戻ってきたのが21時。家に帰って夕食を作るのが面倒なので、中国料理店に入りました。

点心

チャーハン
家に着くと22時。今日は充実した日でした。
キャンベラの感想?
もし僕が友達からキャンベラの感想を聞かれたら、こう答えるでしょう。「キャンベラは何もないよ。首都だけど」と。「記念に1回だけ行けば十分」と。
今日はそこで申し込んだ49ばりツアー(欲張りツアー)で友達とオーストラリアの首都であるキャンベラへ行ってきました。この49ばりツアー、その名の通り、49ドル(約4,900円)のツアーなのです。
みんなからよく「キャンベラは何もないよ。首都だけど」と聞きます。だけど、シドニーから車で約3時間30分の距離、そして49ドルで行けるので、記念に行くことにしました。
キャンベラが首都になった理由はこんな感じです。 ↓
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オーストラリア学校にて・・・
シドニー君とメルボルン君の2人は学校の成績も良くて、家もお金持ちで、どちらも学級委員長になるにふさわしい生徒です。そして2人とも学級委員長になりたいために学級委員長を決める選挙に立候補しました。
2人は他の生徒の前で激論を繰り広げ、日に日に仲が悪くなっています。一旦はメルボルン君の有利に見えた討論ですが、投票の結果は全く同じ。
それを見た先生が「この2人のうち、どちらかを学級委員長にしても、しこりが残る。それじゃ、特徴はないけど、誰からも嫌われていないキャンベラ君にしよう」
こんな感じでキャンベラ君が学級院長になりました。
ただ、キャンベラ君、今のままでは能力不足のため学級院長が務められません。
そこで先生がキャンベラ君を学級委員長にすべく、勉強や生徒のまとめ方の方法を教えたのです。
こうしてキャンベラ君は立派な学級委員長になりました。
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きっと理解してもらえたはずです。首都を決めるにあたり、シドニーとメルボルンのお互いが譲らなかったので、一旦はメルボルンに決まりかけた首都も「このままではシドニーが黙っていないから、こうなったらシドニーとメルボルンの間にあるキャンベラを首都にしよう」
こんな感じでキャンベラが首都になりました。
なので、この時点ではキャンベラは何もありません。世界に都市計画を募集し、アメリカの建築家ウォルター・バリーグリフィンが選ばれました。
その設計に基づき何もなかったキャンベラが生まれ変わったのです。ただ、首都と言っても基本的には政府関係のものが大半を占めており、シドニーやメルボルンに比べたら、町の規模は非常に小さく、住んでもあまり楽しめそうにはありません。
もし日本でも東京と大阪の首都争いが起こったら、どこに首都がなるかを考えました。
その答えは、ズバリ!名古屋でしょう!
だって、東京と大阪の間ですもの。
大阪が首都になりたい気持ちをもっと出して、東京と争ってくれたら、僕の故郷である名古屋が首都になるに違いありません。
前置きが非常に長くなりましたが、キャンベラへ出発です。
朝、仕事に行く日よりも早く起き、集合場所のシティにあるRydges Hotel(リッジス・ホテル)へ。
日本人だけのツアーだと思っていましたら、中国人、韓国人など、日本人以外の人もたくさんいました。
途中、マクドナルドでの休憩を挟んで、12時ごろにNational Museum of Australia(国立博物館)へ到着しました。
ジェットコースターのようなオブジェがシンボルのようです。

National Museum of Australia(国立博物館)のシンボル
ここで昼食をとりました。自分で作ったサンドウィッチ。職場でも、首都のキャンベラに来てまでも、この愛情たっぷりのサンドウィッチです。
2番目の観光場所はCanberra National Capital Exhibition(キャンベラ首都展示館)です。
その近くにはキャンベラの町を設計したアメリカの建築家ウォルター・バリーグリフィンの名前をとったバリーグリフィン湖があり、Captain Cook Memorial Water Jet(キャプテン・クック・メモリアル・ウォーター・ジェット)という名の噴水があります。147mの高さまで噴き上がります。

Captain Cook Memorial Water Jet(キャプテン・クック・メモリアル・ウォーター・ジェット)
その近くに小さな公園があり、集合時間まで子供のころを思い出しながら、友達と遊んでいました。

バネでビョンビョンする遊具。
これは盛り上がりました。両サイドに座り、子供では不可能なほど、思いっきり、ビョンビョンするのです。なぜかキャンベラに来て、子供向けの遊具で楽しんだ僕らでした。
体力を消耗した後は、車窓から各国の大使館を見学。この一角はセキュリティが厳しいので、バスから降りたら大変なことになるそうです。
次は、今回の旅行のメインでもあるParliament House(国会議事堂)です。

Parliament House(国会議事堂)
日本の国会議事堂と雰囲気がかなり違いますよね。中に入ると大理石が至るところに使用されているのがわかります。

大理石の柱や階段
オーストラリアの国会は二院制で、上院と下院からなっていまして、部屋の中の色も異なります。下院は緑、上院はピンクです。
下院です。下院の色はこのような緑色になっています。

下院
上院もこのようなワインレッド色になっています。

上院
屋上に上ると景色がとってもきれいです。

Parliament House(国会議事堂)の屋上
最後に立ち寄ったところはAustralian War Memorial(オーストラリア戦争記念館)です。
ここはオーストラリアが今までに経験した戦争に関する資料や展示品が多くあります。もちろん日本人にも大いに関係がありますので、勉強になります。

Australian War Memorial(オーストラリア戦争記念館)
キャンベラからシティに戻り、自宅近くのAshfield(アッシュフィールド)駅に戻ってきたのが21時。家に帰って夕食を作るのが面倒なので、中国料理店に入りました。

点心

チャーハン
家に着くと22時。今日は充実した日でした。
キャンベラの感想?
もし僕が友達からキャンベラの感想を聞かれたら、こう答えるでしょう。「キャンベラは何もないよ。首都だけど」と。「記念に1回だけ行けば十分」と。
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